教員養成課程に感じること2

18歳人口が減り始める、いわゆる2018年問題というものがある。現状で私立大学は定員割れのところも多く、これからの経営はさらに厳しくなる。だから、学生募集はあの手この手で躍起になる。

 

比較的定員が充足する国公立大学も他人事ではない。学生の全体数が減るということは、向上心の高い学生を確保できるかどうかという問題がある。だから、大学のカリキュラムや留学制度など魅力的な特色のある教育内容を提供していこうとする。それが学生の教育的ニーズに見合ったもので、社会的にも意義のあるものなら、時間はかかってもきっと成功するに違いない。

 

しかし、何とも微妙なことを始める教育大学もある。

意地悪な見方をして、出口の見栄え(就職率)にこだわってのことではないかと勘ぐってしまうようなことだ。

 

福岡教育大は小学校と中学校の教員免許の同時取得を実質上やめている(以前は同時に取れた)。優秀な教員を輩出してきた歴史がある大学だけにとても残念だ。小学校教員と中学校教員とでは確かに求められるものは違うかもしれない。それぞれの校種で専門性は異なる。しかし、文部科学省は学校間の連携を意識しているし、小中一貫教育を施す公立学校も増えてきた。教員免許状を併せ持つ教員の存在はとても重要だ。学生にどちらかだけを選択させて意識の高い教員を輩出しようというねらいはわかるが、学校に通う児童生徒のことを考えると、教員の活躍の幅を制限してしまうのはやめた方がいいのではないだろうか。

 

小学校教員の採用試験は決して簡単ではないが、他校種よりも競争倍率は低い。大学内で小学校教員を志す受験者を多めに出せば、きっと合格者を多く輩出する大学になるだろう。大学の持つ社会的責任を考慮すると、やはり微妙な策だと思ってしまう。