入学シーズンに思うこと

小学校に入学してからの家庭の手間は多岐にわたる。

 

保育所を卒園させた親なら、細かい違いに驚くことも多い。うちの子の場合、保育所入園が12~13年以上前なので忘れてしまっていることが大半だが、“感謝”という気持ちは忘れていない。共働きで育児をしていくことのたいへんさを保育士の先生方にはよく理解していただいていた。

 

もちろん苦い思い出もある。すべてがうまくいったわけではない。頻繁に体調を崩し、       点滴で日々をしのいだり入院したりということもあった。(これについてはまた別の機会に書くとしよう。)

 

子供が小学校に入学した頃、その難しさを「義務教育は上からやってくる」と表現していたことがあった。保育所厚生労働省管轄の、働く人の救済場所のような雰囲気があったが、一方で小学校は“保護者だったら当たり前”が有無を言わさない雰囲気でやってくる。あくまで抽象表現だし、印象だが。

 

宿題のチェックも、PTAの活動も、地区役員の分担も、図画工作で必要になる牛乳パックやペットボトルの持参命令も、ノートや上靴、体操服、規準服、その他諸々の限定ショップでしか購入できない物の準備も。学校行事のお知らせまでも上から降ってくるように感じられた。

 

それは、小学校の方針や年間の流れに慣れていない者のことを想定していないかのように進められており、学校に頻繁に顔を出せる保護者向けで毎日が進んでいるようだった。学校行事に関しては、卒業して振り返っても、学校のどこでどのような進行で何を目的に何が行われているのかわからないままのものもある。*決して大規模な学校ではない。特別活動としての学校の行事なのか、PTA主催の行事なのか判断しがたいものもあり、出欠席の連絡をどこにしていいのかわからないこともあった。

 

その小さな不明点や迷いが、保護者側に積み重なっていくと、トラブルがあったときに爆発してしまいがちだ。うちもそうだったのかもしれない。(これについてもまた別の機会に書くとしよう。)

 

働く親としての私の反省点は、学校とのコミュニケーションの取り方にある。                                  もやもやしたものを抱えながら学校に言えず、先生から発せられた言葉に一切反論しなかった。たとえ「それはどうかと思う」ということがあっても。

 

子供が学校に通っている限り、子供を預けているという感覚は拭えない。お世話になっているという感覚がつきまとう。モンスターになりたくないという気持ちはすべてにブレーキをかけた。

 

しかし、すべては伝え方にある(と今は思っている)。担任の先生の話を鵜呑みにせず、保護者としての考えを家庭訪問などで伝えておくのもいいだろう。親の仕事についても、勤務形態などはケースバイケースで伝えてもよかったと思う。疑問点があるときは態度で表すのも一つだ。表面を繕うと、「この家庭は学校を好意的に受け止めている」と判断されかねない。ある程度、素直にコミュニケーションをとることが小学生保護者には必要だ。*むやみに学校を批判することを容認するものではない。

 

自分は学校とうまく友好関係を築ける方ではないと知っただけでも、勉強になった。          これからの親業に生かしていければと思う。