東京都中央区立泰明小学校

違和感が残る。

 

泰明小学校は銀座にある公立小学校だそうだ。春に入学する新1年生からアルマーニデザインの制服に替わる。デザイン自体はまだ見ていないが、きっと華やかなデザインなのだろう。洗い替えのシャツも含め、春夏・秋冬用併せて一式の価格で9万円。高価だ。

 

標準服の必要性を身近な先生たちに聞いてみると、小学校の先生の多くは「いらない」という。ところが中学校の先生になると「制服は必要」という意見が多くなる。それは中学校での服装の乱れが尋常でなく進むからだという。昇り龍デザインやヒョウ柄、極端なミニスカートを許してしまうことになりかねない。私服をお行儀良く着こなしてくれるとは限らないのだ。どこから見ても「中学生」だとわかる制服の存在意義は生徒指導と直結している。

 

公立の小学校・中学校の生徒指導上の問題は教員の仕事を複雑にする。標準服は過度なブランド競争意識も持たせずにすむし、所属意識にも関与する。小学校段階においても標準服の良さはたくさんある。

 

ただ、個人的には標準服はいらないと思う。白色のブラウスと黒か紺のスカートまたはズボンくらいの指定でいいのではないかと思う。なぜなら、公立だからだ。

 

日本の子供の相対的貧困が7人に一人という実態を学校は重く受けとめていかなければならない。多子世帯だと子供にかける費用は自然と大きくなる。標準服を用意するだけでも大変だ。学校は「ノートを用意してください」とあっさり求めてくる。画用紙に絵を描いてくることが夏休みの宿題になる。野外活動でジャージが必要です、と説明される。そして、保護者の活動では「ポット」がいるので家庭から持ってくるように協力を求められる。

 

「学用品くらい…」と思う人は恵まれているのだ。公立学校と言えど、子供が不自由のないように過ごさせてやるにはお金が必要なのだ。必要品を揃えることに対して、すべての家庭が平気なわけではない。

 

時折、学校教員には家庭の経済的な状況を理解できないのではないかと思うことはある。どうしても壁になる。公務員が生活に困窮することはほとんどないからだ。

 

パートで働く保護者のこと、失業した親の存在、共働き家庭のことなどもすべて含めて標準服や制服のことは考えてほしい。

 

公立学校が制服にブランド要素を取り入れるようなことが「服育」として広がらないように祈っている。